花と、空と、リモンチェッロ/ Flower, Sky, and Limoncello

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La Candeur - 素直な心 〜 あるケーキ屋名からの回想

今年に入って隔週ペースで通っている近所のケーキ屋さんがある。2016年オープンのシンプル・モダンなその店で買ったケーキは、いずれもほんのりと甘く、素材の味が感じられる。シュークリームは注文受けてからカスタードクリームをシューに絞る丁寧さで、菓子職人の心意気が伝わる。買う時も、食べる時も、そして食後にも、感じる心地良さが気に入っている。

 

店の名前は、 ラ・カンドゥール(La Candeur)。フランス語で率直を意味する。「素直に純粋に時には愚直に自分達のお菓子を作り続けられればとの願いを込めて。(店主)」カンドゥールの語源はラテン語カンデレcandere 、輝く)。明るさを測る単位、カンデラcandela)も同じ言葉から派生した。英語ではcandorとなって、辞書には率直/淡白と訳されている。candle(ろうそく)やcandidate(候補者、ローマで候補者が白い上着で街を歩いた)も同源だ。ローマ時代の候補者は、民の意向(色)に染まるために白であらねばならなかったのかも知れない。

 

candorという英単語は、ドイツ駐在していた2012年に初めて知った。当時3つの会社が合併してできた子会社で、従業員の一体感を育む組織改革運動をやっていた。何度も泊まりがけで100人規模の合宿を繰り返し、本音をぶつけ合う雰囲気を作り上げ、改革方針をまとめる。そのなかに会社にとって重要な価値観を3つ選ぶワークショップがあった。参加者全員がホールに集まって大きな輪を作る。事前にグループ討議で選んだ言葉がカードとなって輪の中に散らばっている。「安全」や「イノベーション」といったキーワードだ。最初の人がその中から3枚のカードを選んで、「我々の価値」と書いた円の中に置く。異論のある者は輪の中央に出ていって違うカードと入れ替える。全員が納得いくまでその作業が繰り返される。その中の一枚が「candor」だった。もうひとつ似た意味でhonestyというカードもあったが、前者を選んだ。自分の理解している誠実あるいはhonestyの概念とは違うものを彼らは感じていると思った。語源に通じる「輝き」みたいなものだったのかも知れない。

 

もう一つ思い出すことがある。ピアノ教本「ブルグミュラー」の最初の練習曲がラ・カンドゥール(素直な心)だ。幼稚園の頃ピアノを習っていた。初めの教本は「バイエル」で次が「ブルグミュラー」。自分は発表会で弾くことが恥ずかしくて止めてしまい、バイエルを終えることができなかった。一緒に始めた友人がブルグミュラーに進み、ある日彼の家の前を通ると「ラ・カンドゥール」が聞こえて、羨ましく思ったことを覚えている。幼かったせいか、発表会にびびった意気地なしの自分を責めると言うよりは、ピアノが弾けることでもてはやされる「クラスのスター」になり損ねた悔しさの方が、強かったように思う。しかし自分を人の前でさらけ出す勇気がなければスターにはなれない。ピアノの発表会は回避できたが、逃げた先々で、さまざまな場面で、同じ勇気を問われることになった。幼い頃ピアノで届かなかった「素直な心」を、人生で追い求めている、振り返れば象徴的なエピソードだ。

 

素直とはどういうことだろう。

三つの素直があると思う。まずひとつは、自分の心を、そのまま相手に見せること。もうひとつは、相手の言うことを黙って聴くこと。そして見せて、聴いて、その結果どう思うか、自分の気持ちを受け入れて、大切にすること。最後は自分。他でもない自分に寄り添って、あるいは自分を頼りすることではないか。そしてその時自分は輝いている。頼りにするから輝かねばならないのではなく、そのままで、自然に、輝いている。素直に純粋に、そして時に愚直に、生きることとは、今の輝く自分に確信を持つということにつながっていると思う。

 

自分に確信を持つことは、そうやすやすとできることではない。ある意味悟りに近いかも知れない。悟りだとすれば、修行僧のように日々研鑽を積むことが必要だ。研鑽というと辛そうな響きもあるが、要は心が気持ちの良い状態を保てるよう、湧き上がってくる羞恥心や嫉妬心をスッと流して、過ごすことかな。

 

毎日が修行で、毎日が気持ち良い。(笑)